423 名前:U-名無しさん[sage] 投稿日:2005/05/10(火) 23:22:46 ID:UDgmG+D50
「意外と人はいってるな」タカシが周囲を見渡して呟いた。
「アテネ効果もあるし、俺たちみたいにタダの人も多いしな。
 といっても、一番大きいのはやはりモニカ効果なんだろうな」
俺が応じる。いま、俺たちがいるのは西が丘サッカー場。
文字どおりの五月晴れ。
今日はこれから女子日本代表のニュージーランド戦だ。
観客席は、ほぼ満席といっていいぐらいの混雑だ。
協会加盟選手はタダで見ることができるので、
うちの部も予定がないやつは全員来ているが、
まとまっては座れないのでいくつかのグループに分かれて、ちらばっている。
ピッチではモニカが試合前の練習をしている。
ビブスを見る限り、今日も先発のようだ。
いつも同じグラウンドに立っているとわからないけれど、
こうやって離れた観客席から見ていると、
モニカの動きは女子日本代表の中でも群を抜いている。
なにげないステップやボールの扱い、シュートに行く身のこなし。
「やっぱモニカちゃん、うめえよなー」
タカシが隣でため息を漏らす。
そのため息が届いたわけじゃないんだろうが、
練習していたモニカが俺たちのグループに気づいた。
なんのてらいもなく、笑顔で両手を上げて大きく振る。
うちのバカどもが大喜びで一斉に立ち上がり、手を振り返した。
モニカはそれを見ておかしそうに笑う。
少しすると練習の時間が終わり、モニカも他のメンバーと一緒に
ロッカーへ引きあげていった。
もうすっかりチームにもなじんだのだろう、歩きながらみんなと楽しそうに話している。


424 名前:U-名無しさん[sage] 投稿日:2005/05/10(火) 23:26:33 ID:UDgmG+D50
やがて選手紹介のアナウンスがはじまる。
GKはアテネでもゴールを守りし、今年は海外へ活躍の場を求めた山郷。
その可憐な容姿で絶大な人気を誇る川上の名も呼ばれる。
澤。誰もが認めるなでしこジャパンの屋台骨だ。
選手の名前が呼ばれるたびにスタンドが盛り上がりを高めてゆく。
そしてモニカ。モニカの名前がコールされると
スタンドは一番の盛り上がりとなった。
男子代表相手にフリーキックをぶち込んだ二月の試合はもはや伝説だ。
この試合が、日本の観衆の前でのデビュー戦となる。
新しいヒロインを目の前で見る興奮に、
客が熱狂的に盛り上がるのも無理はなかった。
発表されたメンバーを見る限り、今日のモニカは4−4−2の
中盤の4の真ん中を澤と二人で努めるらしい。
上島監督は澤とモニカのダブル司令塔というやや攻撃にシフトした布陣を、
これからのなでしこジャパンの基本に考えているようだ。
試合開始の笛が鳴る。
相手のニュージーランドはFIFAランク20位。
数字上は12位の日本のほうが格上となるが、
FIFAランクの誤差を考えるとほぼ互角の試合になるか、という
俺の予想はあっさりと外れた。

426 名前:U-名無しさん[sage] 投稿日:2005/05/11(水) 22:53:53 ID:Lwmdd5ir0
開始10分、敵陣で澤が倒されてファール。
モニカの蹴ったフリーキックはゴール前の密集から、
頭ひとつ抜け出した荒川のボンバーヘッドにどんぴしゃりと合った。
ヘディングシュートがゴールに吸い込まれ、あっさりと先制。
さらに25分、モニカがサイドへドリブルで持ち込み、
ゴールライン際の狭いスペースをディフェンダーを翻弄して突破。
キーパーを前に釣りだしたところで、余裕を持ってマイナスのパス。
走りこんできた澤がキーパーのいないゴールへ確実に蹴りこんだ。
さらに40分、川上のロングボールを受けたモニカが、
ディフェンダーの頭上を抜く鮮やかな浮き玉のトラップで裏へ抜け出す。
カバーに来た相手のセンターバックをひきつけてからフリーの荒川へラストパス。
荒川が飛び出したゴールキーパーの脇を抜いてシュートを決め、
前半で3−0。一方的な展開になった。

427 名前:U-名無しさん[sage] 投稿日:2005/05/11(水) 22:57:21 ID:Lwmdd5ir0
流れは後半も変わらない。しっかりとボールを持てるモニカを中心に、
なでしこジャパンは圧倒的なボールポゼッションでゲームを支配。
落ち着いたパス回しに、じれたニュージーランドはたまらずゴール前でファール。
ゴールほぼ正面、エリアから2,3メートル離れたところ。
観客席から一斉に歓声が湧き上がる。
モニカが歓声の意味はわかってるといわんばかりに、堂々たるそぶりでボールをセット。
助走からモニカの左足が振りぬかれる。
ボールは相手選手の壁を越え、落ちながら左に曲がり、
相手のゴール左に吸い込まれる。相手キーパーは呆然とボールを見送るだけだ。
相手選手たちはありえないものを見たという表情で立ち尽くしている。
再びピッチ上では日本の選手の喜びの輪ができる。その中心にいるのはモニカだ。
「信じられねえ・・逆にカーブかけたんか・・?」
タカシがあきれたようにつぶやく。
右足で蹴って左に曲げる、左で蹴って右に曲げるのはたやすい。
だが、地面においてあるボールを左足で蹴って左に曲げる、
しかも壁を越えて落としながら曲げるというのは、非常に高度な技術が必要だ。
プロでフリーキックの名手といわれる選手でも、簡単に蹴れる代物ではない。
まったくとんでもないやつだ、なかなか追いつけないわ・・・
俺は、心の中でそっと苦笑いしながら荷物を持って立ち上がる。

429 名前:U-名無しさん[sage] 投稿日:2005/05/12(木) 22:52:59 ID:BHfIkkPP0
「どうした?もういくんか?」
タカシが声をかけてくる。
「ああ。試合のほうはもう決まっただろう。
 試合終了後だと混みそうだから、余裕持って出るよ」
俺は自分の荷物をまとめる。そばにいた下級生が手伝ってくれる。
「終了後の挨拶だってあるのに。当分、モニカちゃんと会えないんだろ?お前。
 なにか話していけよ、モニカちゃんに冷たいぞ」
タカシは少し不満そうだ。
明日から代表の強化合宿がはじまる。今日中に宿舎に集合しなければならない。
合宿中、壮行試合をこなしながら、合宿は5月いっぱいまで続き、
そのまま俺たちはワールドユースの行われるオランダへ出発する。
現地で最終調整を行って、6月10日にいよいよ本番の
グループリーグの初戦、オランダとの試合に臨むことになる。
一ヶ月近く、勝ちあがれたならばもっと長い間、学校のみんなとは会えなくなる。
タカシの憎らしい顔もしばらく見納めだ。
モニカもこの後、そのままロシア遠征へ出かけることになっている。
二人ともいないのはタカシにしてみればずいぶんさみしいかもしれない。

430 名前:U-名無しさん[sage] 投稿日:2005/05/12(木) 22:57:04 ID:BHfIkkPP0
「大丈夫だよ、俺とモニカは心でふかーくつながっているからな」
「ぬかせ、モニカちゃんとつながってるのは俺のほうだ」
とタカシは笑って言い返した後で、真顔に戻って
「おい、あんな舞台誰でも経験できるわけじゃないんだからな。
 しっかり気合入れて頑張ってこいよ」
わかってるよ、と俺はタカシの顔を見ながら答える。
こいつが友達でよかった。俺は心底そう思う。
タカシもゆっくりもう一度うなずき返した。
周りに座ってた部のやつらからも口々に、頑張ってこいよ、応援してるぞ、
という声がかかる。俺は一つ一つに返事しながら、
いい仲間を持ったことに感謝していた。
試合を見ている周りの客に迷惑がかからないうちに引き上げることにする。
通路を抜けスタンドの出口まで来たところでピッチを振り返る。
もちろん試合はまだ続いている。ピッチを走るモニカの姿が見える。
その走る姿がなぜか妙に遠いものに見えてしまう。
モニカ、行ってくるぜ。
会えないのはちょっと寂しいけど、頑張ってくるぜ。
俺はズボンのポケットに手を入れて、大事なものがちゃんと入っているのを確かめる。
指の感触が昨日の朝のことを思い出させた。