410 名前:U-名無しさん[sage] 投稿日:2005/05/08(日) 23:28:14 ID:Uejvs1XV0
中盤の選手からパスが入る。右足でトラップ、すばやくターン。
エリアまでまだちょっと距離がある位置。
前こそ向けたが、タカシがすぐそこまでチェックにきている。
随分下がってディフェンスに来ている。
ボールを両足の間において、タカシの呼吸を計る。
ボールを動かしながら、肩で右、左と細かくフェイントを入れる。
不意にタカシのバランスが崩れたのが気配でわかる。
あっさりとつられたのに少し驚きながら、
俺が間髪いれずにボールを動かすと、タカシはついてこれない。
俺の前に視野が広がる。
1年生のフォワードがディフェンスラインの裏に動き出している。
落ち着いて浮き球のラストパス。
1年生がそれをしっかりとヘディングでゴールに突き刺した。
「なんかお前うまくなったな」
紅白戦が終わると、タカシが声をかけてきた。
俺はなんと返事していいか少し迷う。
いつもだったら「ばーか、俺の実力にようやく気づいたか」ぐらいの
軽口はさらりと言いかえせるのに。
まだ俺の体内にはさっきのフェイントの感触が残っていた。
タカシを簡単にフェイントで置き去りにした感触。

411 名前:U-名無しさん[sage] 投稿日:2005/05/08(日) 23:33:36 ID:Uejvs1XV0
今までなかったことだった。タカシは決定力が売りのフォワードだが、
ジュニアユースで揉まれていただけあって、基本的な技術はしっかりしている。
そのタカシを抜くというのは相当骨が折れる仕事だったはずだった。
だが今のプレーに限らず、最近、部活でプレーしてて
楽だな、と感じることが多くなった。
余裕を持って前を向ける。相手のプレッシャーをいなすことができる。
しっかりと周囲を見てパスを出すことができる。
判断のスピードがまちがいなく俺は早くなっている。
「やっぱ代表でやってくると違うのかなあ」
俺が何も言わないでいると、タカシがぼそりと呟いた。
タカシの言うとおり、代表に参加するようになって、
俺は技術面も含めてレベルアップしたという実感があった。
ちらりと横を盗み見た俺は、
タカシがなんともいえない複雑そうな表情をしているのに気づいた。
見てはいけないものを見てしまったような気分になる。

412 名前:U-名無しさん[sage] 投稿日:2005/05/09(月) 00:09:18 ID:JL7J2pzJ0


ブラジル遠征では、ポンチプレッタとの試合の後、
遠征最終日のコリンチャンスとの試合にも、
後半からの途中出場だが、30分ほどゲームに出してもらえた。
その試合では特に可もなく不可もなくというデキで、
ポンチプレッタとの試合で点こそとったものの、
そうそうたる代表候補の顔ぶれを考えると、
その後も呼んでもらえるかは微妙だ、と自分でも思っていた。
だが、四月の国内合宿のメンバー発表でも、
変わらず俺の名前はMFの一番下におさまっていた。
自分が監督からどういう評価をされているかは結局わからないが、
呼ばれている以上なにがしかの価値を見出しているのだろう。
四月の合宿では、梶山さんをはじめ怪我人が出たことや、
Jリーグの試合を優先して召集できなかった選手もいたためか、
最終日に行われたジェフのトップチームとの試合ではボランチの位置で先発した。
メンバーに俺の名前が呼ばれたとき、
周囲のみんなが息を呑むのがわかったが、一番驚いているのは俺自身だった。

413 名前:U-名無しさん[sage] 投稿日:2005/05/09(月) 00:12:51 ID:JL7J2pzJ0
ジェフとの試合はほんとうに楽しかった。
なんていったって、ベンチにはサッカーファンの絶大な支持を集める
あの名将オシム監督がどっかりと座っているのだ。
そして俺がピッチで向き合うのは紛れもないJ1クラブのトップチーム。
こんな経験、誰にだってできるものではない。
何ヶ月か前の俺からしてみれば、文字どおり夢のような話だ。
この試合ではボランチのポジションで、
試合前に小熊監督から「守備重視で行け」といわれたこともあり、
ボールを奪って散らす、人に預けるのが仕事のほとんどという90分間だったが、
俺にとっては楽しい時間だった。
早いスピードのサイクルの中に身を置いている自分がとても心地よかった。
相変わらず、監督から細かい指示はなかったし、
自分がワールドユースへのメンバー争いで
どのような評価をされているかはわからなかったが、
俺にとってはそれは今は二の次のことだった。

421 名前:U-名無しさん[sage] 投稿日:2005/05/09(月) 22:51:50 ID:TU/ZgPXU0
「次は合宿いつあるんだ?」
タカシが話題を変えた。俺は内心ほっとする。
「5月の上旬。選ばれれば、だけどな」
「選ばれそうなのか?」
わかんね、と首を振る。
ネットで見た四月の合宿に関する小熊の俺へのコメントは、
「競争に加わる存在だと思っている」の一言だけだった。
とりようによっては、ダメを出されてないだけいいともいえるが、
Jリーガーがずらりとそろったライバルの名前を考えてみると厳しい気もしてくる。
「サッカーはクラブ名や学校名でやるもんじゃないぜ。
 自分がどれだけできるかだ」
俺の気持ちを読み取ったみたいにタカシが言う。
落ち着いて考えればその通りだ。相手がJクラブにいようが、
結局は個人の能力が選ばれるかどうかの基準だ。
タカシはジュニアユースでやってきたせいか、
そのへんの競争に対する考え方というのはしっかりしている。
この前もそうだったが、そんなタカシの言葉は俺にとって結構助けになっている。

422 名前:U-名無しさん[sage] 投稿日:2005/05/09(月) 22:55:57 ID:TU/ZgPXU0
「しかしなー、モニカちゃんがいないとほんとさみしいよなー」
さっきの微妙な表情は消えて、もういつものタカシに戻っている。
今日のモニカはレッズレディースの練習に行くため、部活のほうは休みだ。
最近のモニカは大忙しだ。
三月中旬のJヴィレッジの合宿から帰ると、下旬にはオーストラリア遠征。
俺がちょうどブラジルでポンチプレッタとの試合にでた26日、
モニカもオーストラリアで女子日本代表としてのデビュー戦を飾っていた。
不思議な縁ともいえた。
その試合でモニカは2得点を挙げる文句なしのデビュー。チームも2−0で勝った。
モニカ人気は凄いもので、さすがに生中継とはいかなかったが、
試合の模様は深夜にちゃんと録画放送されたらしい。
五月のニュージーランド代表との試合に呼ばれるのも確実だ。
代表とレッズレディース、それにトレセン関係の話も入る。
最近は俺も代表の活動が入ってきたので、チームを留守にすることが増えてきた。
すれ違いばかりで、モニカとゆっくり顔をあわせることが最近ない。
あわただしさの中で忘れていたけど、よく考えると寂しい話だ。
「ま、チームのほうはよろしく頼んだぜ」とタカシに言うと、
「力をつけたお前が合流すれば、今年はマジで冬の選手権に行けるからな。
 お前も代表でしっかりやってこいよ」と真顔で返された。
既にはじまってる公式戦では、フォワードのタカシの大爆発で
うちの学校は俺がいなくても快進撃を続けている。
タカシが真剣に冬を見据えているのがひしひしと伝わってくる。
「ああ。頑張るよ。選ばれたら、の話だけどな」というと、
タカシが、大丈夫さ、お前なら、とにっこり笑った。