第3話 小熊の憂鬱
27 U-名無しさん sage 05/02/15 21:12:50 ID:yveBFpaX0
2005年2月上旬。都内のあるビルの一室。
二人の男の姿があった。
ビデオを見終わると、うーんと一声唸って小熊は腕を組んだ。
隣では、アシスタントコーチの滝沢が同じように渋い顔をしている。
こいつとももうずいぶん付き合いが長い。小熊は唐突にそんなことを思う。
滝沢とは同じ高校だった。学年は滝沢が小熊より二つ下になる。
正直、ここまで付き合いが続くとは思わなかったな・・・
けど卒業から30年近くたった今、ふたりは
U-20日本代表の監督とアシスタントコーチとして、
狭い部屋で男二人顔を突き合わせてビデオを見ている。
「そう簡単に見つかるものじゃねえよな」
小熊の言葉に「だな」と滝沢が同意した。
「だがいまのままじゃワールドユースじゃ戦えないのも確かだ」
滝沢が黙ってうなづく。
28 U-名無しさん sage 05/02/16 15:46:57 ID:vCjgEwp+0
話が変わったぞ!ヽ(`Д´)ノウワァァァンン!!
32 U-名無しさん sage 05/02/16 20:33:15 ID:BUIVtGVI0
二人が頭を痛めているのは、中盤の核となる選手だった。
FWは平山を軸に森本、カレンである程度の目処が立った。
DFも決して十分ではないが、増嶋を中心になんとか闘えるレベルにはなった。
問題は中盤だった。期待していた選手が怪我で使えるめどがたたず、
彼らを欠いたU-20代表は最近の試合でまったく精彩を欠いていた。
中盤を完全に制圧され、ゲームを組み立てることができない。
このままじゃ間近に迫ったワールドユースでグループリーグ突破もおぼつかない。
そのため、ふたりは新たな戦力はいないかと、Jリーグやユース大会のビデオを
目を皿のようにして片端から見ているのだが、ピンと来る選手はいなかった。
小熊が考える日本のサッカーには、チームの軸となる中盤の選手が不可欠だった。
パワーで欧米に、スピードとしなやかさでアフリカに、そして個人技で南米に。
それらの部分では世界のライバルにひけをとることは、
日本人の肉体の特性もあって否めない事実だ。
33 U-名無しさん sage 05/02/16 20:34:00 ID:BUIVtGVI0
しかし日本には日本のよさがある。日本人のよさ、それは組織だ、と小熊は考えていた。
往々にして組織は個を殺す。そのリスクは小熊も十分身にしみている。
個の重要性については、ここ数年若年層の大会で代表を率い、
世界と対峙して苦杯をなめてきた自分がもっとも痛感しているとさえ思っている。
しかしそれでも日本人でチームを作る以上、組織をないがしろにはできない。
南米勢のように、技量に優れた選手をセレクトしてフィールドに送り込めば
チームとして自動的にバランスがとれる。日本人はそういう民族ではない。
あくまでも組織の上に個の力を乗せるのが日本のサッカーだと考えていた。
そのためには、やはり中盤で負けることだけは許されない。
バランスのとれた技量を持ち、できるならば十分なキャプテンシーを持つ選手がほしい。
前回は今野がいて小熊の考える中盤を支え、かつチームの軸となってくれた。
誰かいないのか・・と小熊の考えはまた最初に戻ってしまう。
34 U-名無しさん sage 05/02/18 00:31:21 ID:3d1ow7rs0
「ところでよ」と不意に滝沢が口を開いた。「お前、このあと暇か?」
「なんだ唐突に。まあ今日は家帰ってもビデオ見るくらいだから暇だが・・」
「なら、埼玉まで行かないか?」
「さいたま?」小熊は聞いた。「なんでまた?」
「ほら、いま代表が最終予選の直前合宿やってるだろう?」
小熊はうなづく。最終予選の初戦を一週間後に控えた日本代表は、
初戦の会場となる埼玉スタジアムで合宿を張っているはずだ。
「今日は練習試合で、ほら、岩崎のとこと試合やるらしいんだよ」
ふふんと小熊は納得する。岩崎はいまは公立高校のサッカー部の監督だが、
小熊たちと同じ高校だった仲だ。学年は滝沢と同じ。
小熊が三年のとき、小熊をエースFWに、中盤に滝沢、岩崎の一年生コンビを配して、
彼らの高校は冬の選手権を制したのだった。
小熊が卒業した翌年は、二人が主力となって選手権連覇を達成した。
大学を出ると教師の道を選んだ岩崎は、サッカー部を指導するようになり、
何年か前に、スタジアムの近くにできた新設校に異動になって、
そこでもサッカー部の顧問を勤めている。
優遇措置のない公立高校なので選手集めには苦労していて、
まだ全国大会の出場経験はないらしいが、
それでも最近は県大会でコンスタントにベスト4に入るようになったらしい。
この前の正月、岩崎からの年賀状に
「今年は期待できる選手がそろいました。全国狙います」と
書いてあったのを小熊は思い出した。
36 U-名無しさん 05/02/18 21:30:19 ID:HE2RQR2dO
俺は小学生に持久力で負けた…
37 U-名無しさん sage 05/02/18 22:51:17 ID:djj5XxOC0
「そっか、久々に岩崎の顔でも拝んでやるか。それにしても熱心だな」
小熊が言うと、滝沢がにんまりと笑った。小熊は、ん?といぶかしんだ。
滝沢がこういう顔をして笑うときはたいてい裏がある。
長い付き合いだ、それくらいはすぐわかる。
「ただの練習試合なら俺もわざわざ見に行ったりしないさ。
今日の試合には、あっと驚く仕掛けがしてあるんだよ」
仕掛け?代表の練習試合でなにを仕掛けるんだ?
「なんてったってキャプテンも一口かんでるらしいからな。
かんでるというよりは黙認という形らしいが・・・」と楽しそうに笑う。
「キャプテン?川内さんが?いったいなんのことだ?」
猪突猛進で有名な小熊の勢いをいなすように、滝沢は手をひらひらさせて
「それはいってみてのお楽しみさ・・とりあえずさいたまへいってみよう。
小熊さんならまちがいなく食いついてくると思ったよ」