378 名前:U-名無しさん[sage] 投稿日:2005/04/30(土) 23:58:46 ID:gNJ9kIlN0



今日も日差しが強い。俺は照り返りがきつい芝生の上で空を見上げた。
今日は何度くらいになるんだろう。
多少慣れてはきたものの、まだ冬の寒さが残る日本から来た身体が、
このブラジルの陽気にちょっと戸惑っている。
スタジアムにはちらほらと人の姿が見える。
この後、トップチームの試合があるとのことで、
待ちきれずにグラウンドに来てしまった人たちなのだろうか。
もう今日のスタメン組はベンチに引き上げた。
メンバーに入らなかった者が、最後のシュート練習を行っている。
俺はここに何しに来たんだろうか?俺はふと自問する。
このブラジル遠征は6日で6試合が組まれているハードスケジュールだ。
相手のレベルにばらつきはあるものの、サンパウロを拠点とするチーム相手に
まるで道場破りのように移動しながら試合を繰り返す。
小熊監督はこの遠征をコンビネーションや
戦術を熟成させるチーム作りのためのものではなく、
誰を連れて行くかのセレクトの場として位置づけていると、
メディアにはっきり語っていた。
その言葉はほんとなのだろう。事実、ここまでの3戦、
怪我など個々の選手の状態を考慮しつつも、ほぼ均等に起用がされてきた。
だが俺に監督から声がかかることはなかった。

379 名前:U-名無しさん[sage] 投稿日:2005/05/01(日) 00:01:24 ID:EGBlOpJX0
遠征メンバーでまだ試合に出ていないのは、
到着後、怪我が悪化した小林さんと俺の二人だけという状況だ。
監督は俺をテストするために呼んだんじゃないのか。
俺の中では疑問が大きくなっていたが、
そのことに対する監督からの説明は何もなかった。
いや、そもそもメンバーに選ばれてからいままで、小熊監督との会話はないに等しい。
小熊監督とはじめて会ったのは、この遠征で集合したときだ。
挨拶はしたが、それ以上の会話はない。
その後遠征がはじまってからもこの過密日程では、
練習も軽い試合に向けた調整程度のものしかなく、
メンバー同士の連携を深める練習時間などないに等しい。
俺自身も他のプレーヤーの癖などわかるはずもないし、
周りも俺がどういう選手なのか、俺をどうやって使えばいいのか見当もつかないだろう。
メディアはこの合宿メンバーに俺を選んだ意図について、
小熊監督に執拗に質問を繰り返したが、
監督は必要だから呼んだ、とのコメントを繰り返すばかりだった。
俺は監督がなにを考えているのかわからない。
この状況で監督は俺にいったい何を期待しているんだ?
日差しがじりじりと俺の焦りを焼いていく。
無性に苛々が高まり、俺はそれを右足ごとボールにぶつける。
シュートはゴールバーの遙か上を飛んでいった。
「ヘイヘイ、枠入れてこうぜー」森本が近くで声をかける。
悪気はないんだろうが、その声がどうもしゃくにさわる。
同い年で本来なら一番とっつきやすいはずの存在なのだが、
どうもこいつとは相性が良くないようだ。
思わずむっとして睨み返した俺の視線など気にもとめずに、
森本が足を振り抜いた。きれいな弾道のシュートがサイドネットに突き刺さる。
そこで練習終了の合図。俺は足元のボールをぽーんとタッチラインへ蹴り出した。

381 名前:U-名無しさん[sage] 投稿日:2005/05/01(日) 23:58:47 ID:Z5gjp2uj0



また笛が鳴った。ボールがゴールの中で転がっている。
喜ぶ相手選手たちと膝に手をついてうなだれる日本の選手たち。
4点目。時間はようやく30分が過ぎるか、というところか。
試合は一方的なものになっていた。
始まってすぐ、コーナーのこぼれ玉を押し込まれて先制されると、
相手の怒涛のような波状攻撃に耐え切れない。
相次いで失点を重ね、そして今のゴールで0−4。
見に来ている相手チームのサポーターはお祭り騒ぎだ。
ベンチの雰囲気も重い。隣にいる平山さんが、
「ブラジルの選手はこういうラッシュがうまいんだよな」と呟く。
前回のワールドユース準々決勝を思い出しているのだろうか。
あのときも、ブラジルに前半で4点を決められるワンサイドゲームだった。
最後、平山さんが1点を返したが結局1−5の完敗。
そのときのことを思い出しているのだろうか。
この遠征を通じて、ベンチから見ていてもやはりブラジルの選手はうまい。
それは認めるが、だが同時に技術だけなら
日本の選手だってそこそこのレベルに達しているというのも実感だった。
ここまで一方的に叩きのめされるほどの違いはないはずだ。
ならばなぜここまで差がついてしまうのか。
何が違うんだろう。俺は考える。

382 名前:U-名無しさん[sage] 投稿日:2005/05/02(月) 00:05:50 ID:Z5gjp2uj0
流れが自分たちに向いたとき、
言い替えるなら相手がひるんだとき、相手が背中を見せたとき。
その時、氾濫する川の流れのごとく、一気呵成に相手を押し流すラッシュする力。
一撃で相手の息の根を確実に止めようとする意思。
ゲームのコントロールに関するチーム全体の意思統一が完璧になされている。
ここは行くぞ、となったらチームの一人残らず、相手に襲いかかっていく。
獲物は逃がさない、まさに猛獣を思わせる迫力。
相手に一日の長があるとすればそこだった。
見ているとはがゆい。俺なんかよりはるかに上手い選手たちが、
何もできずにピッチに立ちすくんでいる。恐れおののいている。
もっとできるはずなのに、すっかりびびってしまっている。
くやしい。俺も試合に出たい。痛切に俺はそう思った。
このメンバーの中で一番下手な俺が試合に出ても、
できることはたかが知れているかもしれない。
それでも、たとえドブ鼠の抵抗だとしても、
せめて相手の喉笛に食いついてやりたい。あいつらをびびらせてやりたい。
お前の実力でおこがましいと言われようが、とにかくピッチに立ちたかった。
むざむざ喰われるだけの羊じゃないことを相手にわからせたかった。
だけど、今の俺はチームの中で実績も評価も持たない一番格下の選手。
俺とピッチの距離は近いように見えて遠い。

386 名前:U-名無しさん[sage] 投稿日:2005/05/03(火) 00:11:52 ID:VR2LC7FR0
今日は、客を入れたスタジアムでの試合ということもあり、
俺たちは熱い太陽光線によく映える青の代表ユニフォームを着ている。
年代別代表とはいえ、はじめて通す青のユニフォームの袖。
いざ着用して自分の胸についているやたがらすのエンブレムを見たときは、
言葉に出来ない喜びがこみあげてきたが、ベンチに座っていると
そんなさっきの喜びはどこかに消し飛んでしまう。
ユニフォームは戦う人間が着る服。今の俺に戦いの場は与えられるのか。
俺はふと空を見上げる。日本の夏のそれよりも強い太陽の光。
モニカ。
俺はこのブラジルで何を見れば、何をつかめばいいんだ?
そのとき、監督とあわただしく打ち合わせていた滝沢コーチが歩いてきた。
うちの学校の岩崎と同い年で、高校選手権で活躍したという話だ。
そのときの話を聞いてみたいと思ってるのだが、まだ機会に恵まれていない。
「平山、西川、樋口。後半の頭から行くぞ。準備しておけ」
体に電撃が走る。ついに来た。ピッチにたてる。
平山さんと西川さんが短く、はい、という返事。
俺から返事がないので滝沢コーチが俺のほうをいぶかしげな顔で見る。
はい、といそいで返事した声が少しうわずっている。
この状況で俺が起用されるなんていったいどういう意味だ?
そんな疑問も心の中に浮かぶが、いまはそれを考えている時ではない。

387 名前:U-名無しさん[sage] 投稿日:2005/05/03(火) 00:16:55 ID:VR2LC7FR0
「行こう」平山さんの声。平山さんがすっくと立ち上がり、ベンチの外へ歩いていく。
俺は急いでその後ろをついていく。
平山さんと西川さんの二人にならって軽く走る。
さっき試合前の練習でひととおり動かしてあるし、
この陽気ならば大事な代表デビュー戦で体が切れてこない心配はなさそうだ。
ピッチに出たときの自分のプレーをイメージしながらアップする。
その作業に集中していると、前半終了の笛が鳴った。
1点こそ返したものの、結局1−4のスコアで前半は終了だ。
歩いてくる選手の表情が対照的だ。
屈辱とやりきれなさで下を向いて戻ってくる日本の選手たち。
逆に反対側のポンチプレッタの選手たちは笑顔、笑顔。
何を話しているかわかるわけもないが、どうせ
「今日は簡単な試合になりそうだな」とでも思っているのだろう。
いまのうちに笑ってろ、と俺は心の中でつぶやく。
気を抜いてくれれば抜いてくれるほどありがたい。
後半、必ず一泡吹かせてやる。