365 名前:U-名無しさん[sage] 投稿日:2005/04/27(水) 23:54:49 ID:ZzCLLNSt0




3月中旬、U-20日本代表のブラジル遠征のメンバーが発表された。
放課後の職員室、俺を呼び出した岩崎はほとんど表情を変えずに淡々と、
俺がメンバーに選ばれたことを伝えた。
激励の言葉でもあるかと思ったが、それだけだった。
岩崎らしいといえば岩崎らしい。
職員室を出た俺は、図書室のネットにつながってるパソコンで、
発表されたメンバーを調べてみた。
平山、森本、カレン、水本、本田、高柳。
代表やJリーグで活躍するそうそうたるメンバーにはさまって、
俺の名前はいかにも所在無さげにMFの欄の一番下に並んでいた。
事前にパスポートを持っているかの確認等、正式ではないものの打診が来ていたため、
青天の霹靂というような驚きはなかったが、
いざ名前がリストに記されると、実感が少しずつこみあげてきた。
だが、嬉しいという気持ちはほとんどなかった。
むしろ、ちゃんとできるだろうか、という不安のほうが大きかった。
他のメンバーの所属を見れば、Jのクラブ名がずらりと並ぶ。
森本を除けば、みんな俺より二、三学年は上の人ばかり。
その上、俺には何の実績もない。どう考えても俺だけが場違いだった。
なんとなくもやもやした気分のまま、俺はいつものように練習に出た。
タカシが声をかけてくる。
「よかったじゃん、正式発表だってな」
いつものように軽口を飛ばそうと思うのだが言葉が出てこない。
俺は黙ってうなづいた。

366 名前:U-名無しさん[sage] 投稿日:2005/04/27(水) 23:58:17 ID:ZzCLLNSt0
そんな俺の様子を怪訝に思ったのか、タカシが俺の顔をのぞきこむ。
「どうしたんだ、お前。プレッシャーでも感じちゃっているのか?」
返事のしようがなくて悩む。今、感じてるこれはプレッシャーなのだろうか?
「プレッシャーつうか・・俺が行って、なにかできるのかなあって。
 そもそもなんで俺なんかわざわざ呼んだんだろうって。」
森本の名は既に広く知れ渡っているが、それ以外にも
ガンバの家長、ジェフの水本、グランパスの本田ら、
Jリーグでもレギュラーに近いポジションを確保しつつある選手が揃っている。
まさにこの年代のキラ星たちだ。
俺にとって彼らは、テレビに映し出される
スタジアムの中にいる選手、画面の向こう側にいる選手たちだ。
そんなやつらと同じピッチでサッカーをすることが俺はまだうまく想像できない。
なんとなく俺の気分を察したのか、タカシが真顔になって、
「まあ、そんな真剣に考えるなよ。
第一、お前がレギュラーで試合に出るって決まったわけじゃないんだぜ。
むしろ、どれくらい試しに呼んでみたというところだろ。
この合宿ではアピールして生き残ることだけ考えてりゃいいんだよ。
お前、そういうアピールが下手なところあるからな。
挑戦者の立場なんだから気楽にやってこい」
そうだよな、と俺は答える。レッズのジュニアユースにいたタカシは、
そういうセレクトされる場の経験も豊富だ。
タカシの言うことは100パーセント正しい。
テストしてみて期待通りの働きができなければ、次は呼ばれることはないだろう。
そう、俺は挑戦する立場。失うものは何もない。
そう自分に言い聞かせてみたが、胸のもやもやは晴れなかった。

367 名前:U-名無しさん[] 投稿日:2005/04/28(木) 00:40:21 ID:X9jwOENt0 ?
タカシにも日の目を見させてほしいなあ。
イイ奴じゃん

368 名前:U-名無しさん [sage] 投稿日:2005/04/28(木) 00:52:28 ID:IoZJjez80
まあ、主人公が選ばれてるのは1世代上のU20代表だからなぁ。
にしてもWユースの時点でも主人公がモニカタンに手を出していないとは・・・、甲斐性なしだ。


370 名前:U-名無しさん[sage] 投稿日:2005/04/29(金) 00:34:23 ID:vR5No2RV0
いざ練習をはじめても、自分の動きの一つ一つが妙に気になる。
こんな動きで、こんなテクニックで、果たして代表で恥をかかずやっていけるのだろうか。
自分の動きの欠点がやたらと気になる。
いけない、いけないと首を振る。これじゃどんどん動きがばらばらになる。
全体練習が終わって、グループでの練習に切り替わったが、
俺は続ける気になれず、山口に断って抜けさせてもらった。
そのままグラウンドの端に腰掛けて、みんなの練習を見学する。
ひとりになったら思わずため息が出た。なんか煮え切らねえなー、俺って。
ぼんやりしていたら突然背後から声をかけられた。
「キブン、悪いノ?」
振り返るとモニカの心配そうな顔。
俺はモニカを見て無性にほっとした気持ちになる。
この前、女子代表の合宿にいってから、モニカの日本語はいっそう上達した。
共同生活の中で、同じ女性同士、いろいろと話も弾んだのだろう。
凝った言い回しをしなければ、日常会話なら
ほぼ問題なく意思の疎通ができるようになっていた。
驚くべき上達の速さといっていいだろう。
「いや、ちょっと休んでいただけ」
俺の言葉に、ほっとしたというようにモニカは笑顔を見せた。
そのまま俺の隣に座る。俺たちは並んで座って練習風景を見る格好になった。
371 名前:U-名無しさん[sage] 投稿日:2005/04/29(金) 00:37:58 ID:vR5No2RV0
外から見てると、みんながめきめきと力をつけているのがよくわかる。
モニカのおかげで強豪との練習試合も多くなり、いい経験が積めている。
あの代表との試合をきっかけに、校内での注目度も高くなった。
見られているという意識があるので、毎日の練習もだらけることなく、
充実した内容になっている。もちろんサボる奴なんていない。
それが練習試合でのいい内容につながり、
それが自信となりサッカーが楽しくなり、またやる気を引き出す。
すっかりうちのチームはいい循環に入っていた。
その輪の中心にいるのはいつもモニカだった。
レイナスから改称したレッズレディースや女子代表での練習を経て、
そのテクニックはますます幅を広げ、成長していた。
その一方、練習時には女ということを意識させない捌けた明るい性格。
そのくせ時に、はっと女らしい優しさを感じさせたりもする。
そうちょうど今みたいに。さりげない気配りを見せるのだ。
ボールを無心に蹴る部員を眺めながら、俺はしみじみと思う。
こいつのおかげで、俺たちはこんなにサッカーが楽しくできてるんだなあ・・
「ダイヒョウ、オメデトウ」
モニカも当然俺が代表に選ばれたことは知っている。
サンキュ、と礼を言う。けれどその後の言葉が出てこない。
俺は今、モニカに何を話したいんだろう。何を伝えたいんだろう。
俺とモニカの間に沈黙。


375 名前:U-名無しさん[sage] 投稿日:2005/04/30(土) 00:03:59 ID:mMCgXad50
俺が言葉を探していると、
「ダイジョウブ、デキルよ」
俺はモニカのほうを振り向く。モニカがじっと俺を見ている。
モニカの金色の髪が白い頬に軽くかかっている。
俺はそのままモニカの顔から目が離せない。
モニカはゆっくりとかすかに微笑む。
呪いが解けるように、俺の中に優しい力が水のように満ちていく。
「デキルよ。ダイジョウブ」
モニカはさらに一言言うと、
ぽーんと俺の肩を叩いてみんなのほうに走っていった。
俺はそのまま座っている。さっきまでのもやもやはきれいに消し飛んでいた。
気づいていた。そう、俺は誰かに言って欲しかったのだ。
大丈夫だよ、と。君はできるよ、と。
代表のメンバーの中に入っても、君は立派にできるよ、と。
自分自身に自信が持てないから、誰かに自信をつけてもらいたかったのだ。
まったくガキとしかいいようがない。
どうしようもない甘えん坊だ。でもそれが今の俺だった。
モニカはそれをわかっていた。俺のだめな部分、弱い部分。
ありがとよ。俺はモニカに心の中で礼を言う。ほんとありがとう。
あとは俺一人で頑張ってみるよ。
ゆっくりと立ち上がる。モニカが去りがけに口にした言葉を小さく呟いてみる。
yes, you can.
そう、俺はやってみせる。