第25話 こいつだ
295 U-名無しさん sage New! 2005/04/10(日) 23:20:33 ID:mR7YQ8mK0
日本でも若年層の育成のシステムというのは相当進んでいる。
素質を感じさせる子どもたちは早い段階で選抜され、
より高度なトレーニングを行う仕組みが確立されてきた。
いま、Jリーグに入ってくる選手の多くは、子どもの段階から
そういう選抜をくぐりぬけてきた、いわばサッカーエリートなのだ。
だが、ここ数年U-20代表を率いる人間として、
小熊は選抜された者ゆえの弱さ、脆さを強く感じるようになった。
実力で格下の相手に苦戦する。
テクニックで遥かに凌駕する相手にボールを奪われる。
普通にやれば残せる結果が残せない。
素質、トレーニング、練習環境。何一つ負ける要素のない国に試合で勝てない。
それがエリートゆえのひ弱さなのか。
負けるわけがないといわれた絹監督率いるU-17代表が、
地元日本でアジア予選突破に失敗した事実は、小熊にとっても衝撃だった。
外には漏れないが、協会内部では今までの育成システムに
何が問題がなかったのか、徹底した反省と検証を行っている。
そして小熊自身も昨年のアジアユースであわや予選敗退という場面まで追い込まれ、
PK戦を制してかろうじてワールドユースの出場切符を手に入れたのだった。
296 U-名無しさん sage New! 2005/04/10(日) 23:29:00 ID:mR7YQ8mK0
帰国後、小熊はひたすら自分のチームを見直した。
何かがこのチームに足りないのはわかっている。
だがそれは技術やフィジカルという単純な要素ではない。言葉にならない何かだった。
小熊は前回のワールドユースでキャプテンに指名した
今野泰幸をはじめて見た時の衝撃を思い出す。
こいつなら心中できる。こいつを背骨にしてチームが作れる。
一目見て小熊は体中に力が湧いてくるのを感じた。
だが、当時の今野はまったくの無名で、トレセン経験もごくわずか。
Jリーグチームから声がかかるはずもなく、
地元の社会人チームへ進む話が進んでいた、世間の扱いはその程度の選手だった。
だが、小熊の確信は揺らがなかった。
この子が持つ強さ。これは教えられるものではない。
他のエリートたちが持っていないものを、持っている。
小熊は今野をキャプテンに指名し、彼を軸としたチーム作りを行った。
ブラジルに完敗してチームの挑戦は終わったが、
年代の持つ能力はほぼ引き出せたのではないか、と小熊は自負している。
そうか。こいつもそうなのか。
サッカーエリートのレールにのってこなかったやつなのか。
「彼を呼ぶ気なんですか?小熊さん?」
岩崎が単刀直入に聞いてきた。
わかるか?と問い返すと、
この時期小熊さんがうちまで足を運ぶとしたら、それ以外考えられませんから、と
岩崎はすっかりわかっていた、というように淡々と答えた。
297 U-名無しさん sage New! 2005/04/11(月) 00:54:47 ID:ecIkWBhZ0
小熊「サンキュー樋口!サンキューな!」
298 U-名無しさん sage New! 2005/04/11(月) 02:59:19 ID:GASzZ2ip0
おっ、主人公(とFW)代表候補入りか!?
299 U-名無しさん sage New! 2005/04/11(月) 11:19:38 ID:HcBeNcoC0
絹監督・・(;´Д`)ハァハァ
300 U-名無しさん sage New! 2005/04/11(月) 14:18:55 ID:SU6DmEwP0
泥臭い10番っていいね
301 U-名無しさん sage New! 2005/04/11(月) 22:29:27 ID:SLBw2h3x0
小熊は、代表チームから回してもらった練習試合のVTRを何度も繰り返し見た。
そのたびに、少しずつ小熊の予感は、確信に変わっていった。
俺が欲しかった中盤は、こいつだ。
小熊の視線の先、画面の中では10番をつけた高校生が動いていた。
小熊はいそいで彼に関する資料を集めはじめた。
だが、思いのほか情報は集まらなかった。
いままでほとんど表舞台に出てくることがなかったのだ。
代表歴はもちろん、トレセンにもほとんど呼ばれていない。
唯一手に入ったのは昨年末の国際大会のビデオだった。
ついこの前の年末。東南アジアのある国から、ユース年代の国際大会の招待がきた。
といっても高校サッカーは冬の選手権真っ盛り。
クラブユースもJユース杯とバッティングしている時期であり、
本来なら参加を辞退したいところだが、諸般の事情によりそれはかなわず、
冬の選手権の予選敗退校の選手を中心に急遽編成し、日本高校選抜として参加した。
お世辞にも日本のトップレベルとは呼べない選手たちである。
その時、彼も選手の一人として遠征に参加していたのだ。
302 U-名無しさん sage New! 2005/04/11(月) 22:34:53 ID:SLBw2h3x0
小熊はいそいでそのビデオをチェックした。
テクニックが確かだ。そしてセンスもある。何より雰囲気がある。
だが、そのビデオの中の彼は、驚くほど軽かった。
プレイの質が、そして体が。
このまんまじゃとても使い物にならない・・小熊はひとりごちる。
テクニックは凄い。だが、この年代、超絶技巧を持っているやつなんてごまんといる。
小熊の目にはそのプレイは「軽いファンタジスタ」にしかうつらなかった。
厳しい国際大会を勝ち抜くには、軽いファンタジスタはいらない。
相手の息の根を一撃で止めるような、ナタの切れ味を持った選手が欲しい。
だが・・いまの彼は・・。小熊は練習試合のビデオと見比べる。
お嬢ちゃんと組んだことが選手として成長するきっかけになったか。
小熊は一人の選手がこれだけ短期間に変貌するという事実に少なからず驚いていた。
フィジカルの弱いファンタジスタタイプのお嬢ちゃんとコンビを組む過程で、
お嬢ちゃんを生かすために、自分が黒子の役割に回ることにしたのだろう。
ボールを追い、お嬢ちゃんをカバーするためにピッチを走り回る。
フィジカルの強化にも真剣に取り組んだのだろう。
地味で泥臭い役回りをしっかりとこなしたところに成長が伺えた。
守備がよくなると往々にして、攻撃力がなくなりがちだが、
攻撃の勝負どころでは、持ち前のテクニックを駆使して突破する姿勢を失っていない。
見違えるように選手としてのバランスがとれ、完成度が上がっている。
306 U-名無しさん sage New! 2005/04/12(火) 23:02:56 ID:gxHIBmJs0
そしてバランスのとれた土台ができたことで、
彼が元々持っている「味」がピッチの中で表現できるようになっていた。
こいつは、エリートたちが持っていないものを持っている。
言うならば「異形の血」とでもいえばいいのだろうか。
子どもの頃から、常に指導者の目に守られ、十分な指導を受けて
栽培されてきた選手にはない根源的な力。
メンタルに宿る意思。
無名選手からアテネを経て次期代表を睨む存在になった今野。
無名高校から練習生を経て、代表の屋台骨になった中澤。
そう日本のサッカーの時代を作ったカズだって、ヒデだって、
その時代の本道を歩んでいたわけではない。
カズは日本のサッカーに背を向け単身ブラジルに渡った。
中田英寿もまた、その強烈な言動は調和を旨とする輪の中で異彩を放った。
そう、日本のサッカーにおいては、みんなレールから外れた「異形」の存在だった。
俺のチームに、その血を、異形の血を注入してくれるのはきっとこいつだ。
307 U-名無しさん sage New! 2005/04/12(火) 23:06:29 ID:gxHIBmJs0
いつから呼ぶつもりですか、と岩崎が聞いてくる。
3月の下旬にブラジル遠征がある。この遠征では向こうのクラブと、
全部で6試合のトレーニングマッチを組んでもらっている。
怪我をしてる者を除いて、小熊がワールドユースに連れて行く候補と
考えている選手はあらかた招集をかけるつもりでいた。
ブラジルのチームとの厳しい試合は、選手の力を見極めるのに
うってつけだと小熊は考えている。
「あいつ、どこまでやれますかね」岩崎がグラウンドに目をやる。
小熊はそれに答えず、校舎のベランダから遠くを見る。
先日、日本代表が北朝鮮に劇的な勝利を収めた埼玉スタジアムの白い屋根。
暖かい日差しを受けて輝いている。
代表は、ドイツへの道のりを歩みはじめた。
その道がドイツまでつながっているのか、それとも途中で切れているのか、
それは誰にもわからない。
ただ、進む道がどのようになっていようとも、
日本のサッカーが世界の頂点を目指す闘いをやめることはないだろう。
ドイツ、南アフリカ、そしてまたその次のワールドカップ。
道はどこまでも続いていく。頂点を極めるその日まで。
「ん?」俺は誰かに呼ばれた気がして振り返る。
後ろには誰もいない。気のせいか。
どうしたんだよ、とタカシ。
いや、誰かに呼ばれたような気がしたんだ、というと、
モニカちゃんがいない寂しさでとうとう空耳が聞こえるようになったか、と
タカシがからかってくる。
俺はうるせえ、と言い返すとボールをタカシに向かって軽く蹴る。
ボールが気持ちよく飛んでいく。
新しい季節の訪れ。グラウンドには一足早い春の気配が立ち込めていた。
310 U-名無しさん sage New! 2005/04/13(水) 11:27:16 ID:5/K4Yx4r0
1は大熊。
312 U-名無しさん sage New! 2005/04/13(水) 15:00:04 ID:8Wj2qiit0
>>311
>>307の文末からして、大きく時間軸が変わるかと。
代表編なのか、回想になるか・・・
てあんまり予想を書くとうっとおしいな。スマソ
315 U-名無しさん sage New! 2005/04/13(水) 23:48:25 ID:W4zMfAXj0
まとめサイトの掲示板に作者来てるね。
時間掛かっても良いので、書き続けてほしいっす
その書き込みはこちらから。
316 U-名無しさん sage New! 2005/04/14(木) 01:26:15 ID:wBACjM600
>ただ、進む道がどのようになっていようとも、
>日本のサッカーが世界の頂点を目指す闘いをやめることはないだろう。
>ドイツ、南アフリカ、そしてまたその次のワールドカップ。
>道はどこまでも続いていく。頂点を極めるその日まで。
ちょっとジーンと来た。