第13話 シンディ
140 U-名無しさん sage 05/03/15 23:13:04 ID:sI1bonsV0
結局、紅白戦は2−2の引き分けで終わった。
タカシが1点、俺が1点決めたが、
ゴールを決めてこれだけ気分の悪い試合も記憶にない。
モニカを中心に好き放題パスを回されて、こっちはいいように走らされた。
俺とタカシの個人技による強引なシュートがなくて、
相手チームの1年FWが決定機をもうちょいまともにものにしていれば、
3−0、4−0で負けてもおかしくない試合だった。
「nice fight!」モニカが俺の脇に寄ってきて頭をぽんぽんと叩く。
俺はガキじゃないって。思いっきりしかめっ面をしてやった。
やっぱ、外人には態度で示さないとな。
でもそれを見たモニカは、楽しそうに大笑いした。
ほんと、国際理解ってのは難しいな。言いたいことが通じない。
タカシは俺と違って頭の構造がサッカーゴール程度の単純さだから、
さっそく「how are you?」とか訳のわからんこといってる。
赤点しかとったことのないお前の英語が通じるかっつーの。
なんかモニカがいい、タカシのおどけた声。そしてみんなの大きな笑い声。
やれやれ。一日でチームに馴染んじまってるよ。
俺は顔についた土ぼこりを手の甲でぬぐった。
自陣、ハーフウェーから少し入ったところでモニカがボールを持つ。
モニカの足技の巧みさを知った代表も、もう簡単には取りにこない。
落ち着いてパスコースを切って網をかけ、徐々にその網の目を絞りこんでくる。
141 U-名無しさん sage 05/03/15 23:14:29 ID:sI1bonsV0
一度、DFに預けて立て直したいところだが、
うちのDFがボールをもらいにいくより、相手のFWのチェックのほうが早い。
本山が体を寄せてくるが、モニカはそれをひらりとかわしてキープし続ける。
たいしたもんだ。だがパスの出しどころがない。
やむをえずハーフウェーまでもらいに下がってきた高田にパスを出すが、
その高田に中田浩二がすばやく後ろからチェック。
持ちこたえきれずボールを奪われる。また相手ボールだ。
やばい、スペースがありすぎる。
モニカが少し上がっていた一方、DFラインは引きっぱなしなので、
中盤のあちこちに隕石が落ちても大丈夫なくらいのスペースがあちこちに空いている。
それを埋めるのが今日の俺の役目だ。
俺はすばやく周囲を見渡して、代表の選手の位置を把握すると、DFに指示を出す。
ボールを奪った中田浩二からパスが出る。
モニカの後ろにぽっかり空いたスペースに阿部勇樹が上がってくる。
しかし、そこは俺が網を張っていた場所。トラップ際で完全に体を寄せることができた。
145 U-名無しさん sage 05/03/16 22:16:09 ID:W9NkBhdl0
ちと気は引けるが、ここはしっかりつぶしておくしかない。
強引に足を伸ばしてボールを取りに行く。阿部がバランスを崩して倒れる。
すかさず審判の笛。ここの位置のファールならなんとかなる。
俺はすばやくボールから離れて早いリスタートに備える。
戻ってきたモニカが俺を見て、かすかに笑うと軽く手を上げた。
任せとけって。お前の後ろは俺だけじゃなくみんなでカバーするから。
だからお前はお前のやりたいプレーをやってくれ。
モニカが学校に来た日の翌朝、俺はいつものように公園でボールを蹴っていた。
うちの部は朝は完全な自主練習になっている。出るも出ないも自由だ。
だから、朝は家の近くで自分一人でトレーニングすることにしている。
軽く家の周りをランニングした後、近くの広い公園でボールを使った簡単な練習。
ひとりで練習するときは、いつもこの公園だ。
いつものようにリフティングをはじめたところで、
ふと昨日のモニカのボール捌きを思い出す。
いくつか記憶にあったやつを真似してみようとするが、
ボールが思い通りコントロールできない。
四苦八苦していると、俺の耳に笑い声が聞こえた。
146 U-名無しさん sage 05/03/16 22:19:53 ID:W9NkBhdl0
顔を上げると、そこに立っていたのは一昨日の昼間、モニカと一緒にいた女だった。
金髪のショートカット、モニカよりも全体的に細身な印象だ。
足元に旅行に持ってくような、車輪のついたピンクのスーツケースが置いてある。
ボールをよこせ、と彼女が手振りで示したので、俺はボールを蹴った。
彼女はボールを持つと、リフティングをはじめた。
うまい。昨日のモニカにも驚かされたが、この女も相当な腕前だ。
ひととおりのテクニックを見せると、彼女はボールを足元で留め、にっこりと笑う。
「どう?わたしもなかなかやるでしょ?」
まったくもってきれいな日本語だった。
俺たちは近くのベンチに腰掛けて話しはじめた。
彼女の名前がシンディといい、モニカとはアメリカで友達だったこと。
シンディも母親が日本人のハーフであり、それもあってモニカと意気投合したこと。
シンディは子どもの頃日本で暮らしていたこともあるし、
家の中では母親がずっと日本語を使っているので、
モニカと違って日本語がきちんとしゃべれるらしい。
今回、モニカが日本に住むことになったので、
シンディもモニカの引越しにあわせて、久しぶりの日本に旅行に来たこと。
モニカと一緒に京都などを旅行して回ったが、モニカの学校生活が始まるので、
今日、これから飛行機で彼女はアメリカへ帰ること。
そんなことを彼女は話してくれた。
147 U-名無しさん sage 05/03/16 22:29:03 ID:W9NkBhdl0
「毎朝、ここで練習してるんだって?モニカから聞いたわよ」
昨日の練習後、モニカにあの公園でいつも練習しているのか、と聞かれたから、
正直に、時間の空いたときや朝は、あそこで練習している、と答えたのだが、
それを耳に挟んだらしい。
シンディは俺にモニカとのいろんなエピソードを話してくれた。
知り合ったのは3年前だったこと。
二人は日本人を親に持つハーフ同士ということで、すぐに無二の親友になった。
同じチームで出た、アメリカの女子サッカーの大会では、
ぶっちぎりの強さを誇ったこと。
いろいろな試合中のエピソードや、日常での笑い話。
そんなことを話しているうちに時間が過ぎていった。
彼女は時計を見ると、もう飛行機の時間だわ、と呟いた。
俺もそろそろ学校に行かなければいけない時間だった。
「そういうわけでモニカのことをよろしく頼んだわよ。
わざわざこんなかわいい娘がお願いしてるんだからね」
シンディはにっこりと笑った。
148 U-名無しさん sage 05/03/16 22:30:04 ID:W9NkBhdl0
よく見るとお母さんの遺伝が強く出ているのか、
モニカよりも日本人に近い感じがする。
髪はブラウンだし、顔の彫りは深いけれど、全体的な体の感じが日本人ぽい。
ちらっとみた横顔にも、どこか日本人らしい整った感じが漂っている。
その分、胸も少し小さめだけど、それも人によっては好みだろう。
俺が話を聞いてないと思ったのか、シンディが少しむっとした顔をして
「サッカーがちょっとうまいだけで、17歳の普通の女の子なんだからね。
しかも私と違って、日本は初めてなんだからとても心細いはずなんだから」
あれでかあ、と俺は思わず抗議する。
昨日のふてぶてしく堂々とした態度をみると、とてもそうは思えない。
シンディは反論しようとする俺をにらみつけると
「モニカはね、結構あなたのことが気に入ってるはずだから。
いきなり公園でからかったりするのは、あなたに興味があったからよ。
昨日、学校から帰ってきたあとも、君にあったことを楽しそうに話してたわ」
それでも釈然としない俺をよそにシンディは
「日本では、これも何かの縁ていうでしょ。とにかく一緒にサッカーやるのよ、
そして彼女が困ったときは助けるの。わかったわね」
ここで首を横に振ったらただじゃすまない気がしたので、俺は素直にうなづく。
シンディは満足したようににっこりと笑うと、スーツケースを持って立った。
またいつか会いましょう、see you again! とシンディがかわいく笑って手を振った。
俺も手を振った。