第11話 後半開始
118 U-名無しさん sage 05/03/10 22:55:11 ID:FUnuA6FB0
「後半、お願いします」
さっきと同じ協会の人が俺たちに声をかける。
俺たちはピッチに入り、中央で円陣を組む。
楢崎さんも前半と同じように輪の中に入ってくれた。
山口が気合を入れる。俺たちの気持ちがひとつになる。
円陣を解いて、ポジションにつく。
まだ代表の選手たちはベンチの周りで輪を作っている。
前半で2−0。いくら調整とはいえ、納得できるスコアではないだろう。
いつのまにかキャプテンの山口が俺の脇に来ていた。
「結果には納得してないだろうが、さすがにこの試合で
疲労をためるわけにはいかないからな。
後半はおそらく総とっかえでサブ組がでてくるだろう」
俺の考えを読んだかのように山口がいった。
代表の選手がベンチを離れ、ピッチに出てきた。
顔ぶれを見ると、やはりサブ組だ。
代表のベンチを見ると宮本が険しい顔でピッチを睨みつけている。
この無様な内容のままピッチを退くのは、さぞかし屈辱に違いない。
俺は、ベンチから視線を外し、反対側にいるメンバーを確認する。
GKは土肥。Jで連続出場を続ける鉄人だ。
坪井、松田、茶野の姿が見える。中田浩二と阿部勇樹。
手前に藤田俊哉、三浦アツ。
FWはJの日本人得点王の大黒とどうやら本山か。
ひとり右サイドにいる顔だけがまったく記憶にない。
山口に確認すると、
「たぶん人数が足りないからスタッフが助っ人で入ってるんだよ」
最初は遠目でよくわからなかったが、いわれて見ると他の選手たちとは
明らかに雰囲気が違う。
119 U-名無しさん sage 05/03/10 22:56:15 ID:FUnuA6FB0
「4−4−2かな、3−5−2かな。なんとなく3−5−2っぽい雰囲気だけど」
最近のジーコジャパンの場合、4−4−2のシステムは、実際は2バックにして
より攻撃的に行きたいときに使ってくることが多い、と山口は言っていた。
「ま、どっちにしろ、きつい45分になるのはまちがいない。
クラブと違って代表はみんな一流選手ばかり。
監督が違えば、レギュラーでもおかしくない顔ぶれがそろってるんだし」
ふと後ろを見ると、楢崎さんがうちのDF陣に指示をしているのが見えた。
ラインかポジショニングか。身振り手振りで笑顔を交えて話している。
俺はなんか嬉しくなってその様子を見ていた。
ついで左を見る。モニカのすらっとした立ち姿。
前半楽をさせたせいか、スタミナには余裕がありそうだ。
俺の視線に気づくと、にこっと笑って親指を立てた。
スタミナは大丈夫よ、ということなのか、後半も行くわよ、という意味なのか。
いろいろ考えてるうちに、現実に引き戻す審判の笛。
また体のきしむ45分が始まる。
121 U-名無しさん sage 05/03/11 11:21:10 ID:y1taJUYS0
>ひとり右サイドにいる顔だけがまったく記憶にない
代表の隠し玉キター
122 U-名無しさん sage 05/03/11 23:03:34 ID:7eL9RrbM0
「後半はサブ組ですね、やはり」滝沢が代表のメンバーを確認しながらいった。
「当然だろ」小熊は言う。「代表の目的はこの試合に勝つことじゃない」
「わかってますけど。でももうちょい見たかったですね」
ボールが動きはじめる。代表の動きがいい。またたく間に敵陣でゲームを進めはじめる。
「しかし前半で2−0ですか。ジーコも頭抱えてるでしょうね」
滝沢の目の動きにつられて小熊もつい代表のベンチを見てしまう。
ジーコはピッチ際にたっている。表情が険しい。
「完璧に崩されたからな。あれを狙ってやってたんならたいしたものだ」
「というと?」
立場上、代表チームについて対外的な発言はできない小熊だが、
もちろん自分なりに代表チームについていろいろ思うことはあった。
「代表の守備を見てみると、セットプレーやコーナーキック、
サイドからのクロスには強いんだよ。
クロスから一発ゴツン、なんて失点もなくはないが、思いのほか少ない。
その理由は中澤の存在だ。中澤の空中戦の強さは抜群だからな。
逆に失点を見てみると、
ボランチの後ろ、ディフェンダーの前のスペースを使われることが多い。
意外とエリア手前からのミドルシュートなんかがあっさり決まるんだ。
あそこにスペースができやすいし、結構ボールを持たせちまう。
前半の2点ともあのお嬢ちゃんがあそこに入り込んで、いいボールを配給してる」
123 U-名無しさん sage 05/03/11 23:04:49 ID:7eL9RrbM0
小熊の視線の先でモニカがボールを持った。
すばやく周囲を確認してパスを送る。その姿が様になっている。
プレイする姿に破綻がない。雰囲気がある。
「それに右にいる10番も、中澤を中央から引き剥がそうとしていたろう。
アレックスの上がった後、中澤がカバーに行ってサイドに引き出された時も、
日本の失点は多いんだよ。
2点目のきっかけとなった左からのクロス、
中澤が中にいたら、きっちりクリアしていた可能性は高いな」
高校チームのDFが苦し紛れのロングクリア。
FWがけんめいにボールを追いかけるが、それをあっさりあしらって、
代表の松田がボールキープ。そのボールがサイドに渡る。
「後半はどうなりますかね」滝沢が試合から目を離さずにいう。
「お前はどう思う?」小熊は聞き返す。
124 U-名無しさん sage 05/03/11 23:05:35 ID:7eL9RrbM0
滝沢はしばらく考えていたが
「代表有利でしょうね。高校生はもう45分走っているのに比べ、
代表はサブ組でフレッシュですし。
それに本番を考えて抑え気味になるレギュラー組に対して、
サブ組はジーコへのアピールという動機付けがありますからね。
ましてレギュラーが2−0で負けた後ですから。目の色変えてやるでしょう」
フル代表やクラブのトップチームが、ユースや高校等のアマチュアと試合をやれば、
勝って当たり前と思うのが普通だが、実はそう簡単なものではない。
この手のマッチメイクはほとんどの場合、プロ側の調整を目的として組まれる。
時には勝ち負けをとりあえず置いてでも、
確認しなければいけない決まりごとや、試したいオプションがあったりする。
その一方、ユース側はトッププロとやれる、という高いモチベーションがある。
失うものなく全力で自分たちのできるすべてをぶつけてくる。
これだけ置かれた立場が違うと、簡単な試合にならなくても不思議はない。
試合自体が拮抗したものになることは、小熊にとって決して驚きではなかった。
ただ2点差がつくとは予想もしなかったが。
この手の試合はたいていはフィジカルと集中力の違いが最後はものをいって、
妥当な結果に収まるのが常だが、この試合もそうなるのか?
だがそれにしてはあのお嬢さんが気になるな・・
126 U-名無しさん sage 05/03/12 23:29:29 ID:G1Rq3Xcw0
後半は一方的に押し込まれている。
俺もモニカもボールを持って前を向くチャンスがない。
全然ボールが相手陣内に行かない。まるでハーフコートのミニゲームだ。
DFがひたすら遠くに蹴っているだけのクリアボール。
FWの高田とタカシは懸命に追っているが、さっきから徒労に終わっている。
うちのDFはもうエリアから離れられなくなっている。
FWとDFの間のだだっ広い空間。
いくら俺が孤軍奮闘してもプレスがかかるわけはない。
両サイドもじりじりと引き出している。その上、明らかに上がりが鈍い。
左サイドの山口が目に入る。奴もかなり疲れている。
またDFからとにかく蹴っとけ、というロングボールが前線へ。
タカシがジャンプしてそのボールを競る。
その瞬間、タカシが鉄砲で撃たれたようにはじかれて倒れる。
すかさず笛。松田が後ろからぶち当たったらしい。
タカシがそのまま倒れている。
審判が松田を捕まえて二言、三言話している。
127 U-名無しさん sage 05/03/12 23:30:08 ID:G1Rq3Xcw0
松田はわかった、わかったとでもいうようにうなづくと、
倒れているタカシの頭をぽーんと叩いて自陣に戻っていった。
一応タカシの様子を見に行く。怪我はないようだ。
「思いっきしきやがったぜ・・練習試合なんだからもうちょい優しくしてくれよな」
手を伸ばす。その手をタカシがつかんで起き上がる。
「2点差だからな。相手もそうそう緩くはしてくれねえよ」
ああ、とうなづいたタカシの顔が妙に凛々しい。
ほんとにこいつよくやるよ。
さっきからフリスビーを追う犬のように右に左に、
ロングボールを追ってあきらめることなく走り回っている。
お前、たいしたやつだよ、と俺は心の中で声をかける。
立ち上がったタカシが
「俺のスタミナは気にしなくていいからな。
出したいと思ったところにパスを出せ。必ず走るから。
モニカちゃんとの大事な試合だ。今日は絶対に言い訳しねえからな」
タカシの目がギラギラしている。
頼む、我慢してくれ。俺は心の中でわびる。そのうち必ずパスを送るから。
いつしか俺はモニカがうちの学校に来てからの記憶をたどりだしていた。