108 U-名無しさん sage 05/03/07 21:16:36 ID:GgJMZLsZ0
 ベンチに戻る。みんな疲れている。どさどさと倒れるように座り込む。
 大の字になって寝ている奴もいる。
 俺の脇でタカシもどっかりと地べたに座り込む。
 相当消耗が激しいようだ。無理もない。
 高校生の中ではかなり体格のいい部類に入るタカシだが今日は相手が悪すぎる。
 あの相手に45分がりがりやられることを考えただけで、身震いが来る。
 タカシは後半持つだろうか?そう考えてる俺自身もあと45分持つのか?
 「なに、シケたつらしてんだよ」声にはっとすると、タカシがにやにや笑ってる。
 「お前、もう俺がバテバテで後半もたねえんじゃねえか、と思ってるんだろ」
 俺はそのとおりだ、とも言えずに黙っている。
 「あそこに何人か人がいるだろ」タカシは顎をしゃくってピッチの反対側をさした。
 その方向を見てみると、見学者はみんな金網の外にいるのだが、
 何人かの男が金網の中、タッチラインから少し離れた場所で談笑している。
 関係者だろうか。
 「レッズのスタッフだよ。代表にきてるメンバーの様子確認がてら来てるんだろ。
 ユースのスタッフもいるよ」タカシがさらりと言った。


112 U-名無しさん sage 05/03/08 23:38:25 ID:PmJuBfZU0
 タカシが中学までレッズのジュニアユースにいたことは、みんな知っている。
 というかうちの県内で俺と同い年でサッカーやってた奴ならば、
 タカシの名前は一度や二度、耳にしてないほうがおかしい。
 あちこちの大会でレッズのジュニアユースのFWとして
 アホみたいに点を取り捲っていたし、見るからに動きの次元が違っていた。
 だから、タカシがユースに昇格できなかったらしい、と
 風の噂で聞いたときは驚いた、というか、
 あれでもだめならプロってのは無茶苦茶次元が高いんだな、と思った。
 その次に驚いたのは、入学式でタカシと顔をあわせたときだ。
 いくら昇格できなかったとはいえ、タカシほどの力があれば、
 どんな強豪校だって好きなとこに入れただろう。
 てっきり県内か近隣の私立で、特待生扱いでサッカーを続けると思ってただけに、
 多少強いとはいえ、こんな普通の公立高校に来るとはまったく予想外だった。


113 U-名無しさん sage 05/03/10 00:03:47 ID:LllgA/m50
 俺とタカシはすぐにすっかり意気投合した。
 点取り屋らしく多少性格にアクはあるけれど、
 自分が上手いことを必要以上に鼻にかけることはない。
 ただ、はっきりと口にすることはなかったが、
 タカシが自分が昇格できなかったことに納得してないことは、
 一緒にいると自然と言動から感じとれた。
 自分を落とした連中をいつか絶対に見返してやる。
 だからタカシの練習には、いつも俺たちとちょっと違う凄みがあった。
 俺はもっと上に行くんだ。練習中、たまにタカシの背中が
 そう叫んでいるように見えることがあった。
 当時一緒のチームにいた訳じゃないから、俺にはタカシが昇格できなかったことが
 妥当なのか、それともまちがった判断なのかわかるよしもない。
 でも、そんなタカシの姿に時々痛々しさを感じたのも事実だった。
 もちろん本人には言わないし、俺の勝手な感情だ。
 俺たちの学校は埼玉スタジアムに近い。
 グラウンドから外をおおぎ見れば、埼スタの白い屋根がすぐに目に入ってくる。
 いわずと知れた浦和レッズのホームスタジアム。
 順当に昇格していれば、自分が熱烈なサポーターの声援の下、
 プレイしていたかもしれない可能性のある場所。
 こいつはどんな気持ちであの白い屋根を見てるんだろう、なんて思ったりもした。
 そしていま、このサブグラウンド。
 あの白屋根は普段よりずっと近くに見える。


117 U-名無しさん sage 05/03/10 22:52:25 ID:FUnuA6FB0
 「ばーか。過去のことは過去のこと、だよ」
 俺の心を見透かしたようなタカシの言葉に、ぎょっとして振り返る。
 「わかるよ、お前らがなんとなく俺を心配してること。
 そういうのって確かにちょっと不自由だもんな。でもな。」
 タカシはにこにこと笑って俺を見た。
 「やっぱり今日だけは負けられないんだよ。ぜってえにな」
 そういって何がおかしいのかひとりでけらけらと笑った。
 俺はなぜかちょっとほっとしてタカシを見ている。
 「それにな、お前、馬鹿にすんなよ。
 俺はな、愛するモニカちゃんのためなら100キロマラソンだって走れるぜ」
 「口だけならほんとにプロ並だな。スペースに出したらちゃんと走れよ」
 「お前もだよ。今日はいつもみてえに、
 ほいほいパス出して、後はお任せって立場じゃねえんだからな」
 ちらっと少し離れたところに座ってるモニカを振り返り見ると、
 「俺ら一人ひとりでモニカちゃんをカバーするんだ。わかってんだろうな」
 わかってるに決まってんだろ、と言い返す。